タクシー運転手とWFP

先日タクシーに乗ったのだがそれは私が20年ぶりに降り立った場所で、時間があり移動中のタクシーを捕まえて乗った。

別な地域にいった場合運転手と話をすると結構色々な情報が入ってくる。やはり色々なお店もわかっており人を見る眼力も優れている方が多いと思う。

片道30分質問に全て答え、笑いに繋げそして貴重な情報もいただき、大変有意義な時間を過ごさせてもらった。

翌日、3大都市の駅で待っているタクシー乗り場にて乗車したが、後頭部は寝癖、天気を聞いてもわからない。会話が弾まず、質問にも答えれない。

勝手な偏見でものを言わせてもらうがタクシーは狩人と一緒だと感じでしまった。常に獲物を探している狩人と、WFPから食料を貰えるのを待っている狩人とどちらがパフォーマンスが高いのか。

そう感じてしまったのだから、腰を上げてどんどん自ら挑戦していこうと思う。

ルーチン化

あの有名な、ジョブズも毎度同じ服で仕事をしていたそうだが、人間は本来刺激は求めずのうのうと生きるようにプログラミングされているらしく恐怖心や緊張は交感神経が無意識の中で優位にたっている。

最近耳にした話では、電車に乗り遅れそうで走るなど危機的状況下だとストレスを感じる物質がとても出るのだと言う。色々なパターンがあると思うがいつもと違う状況がそうさせているに違いない。

そう考えると、服も一緒、食事も一緒、職場も一緒、生活リズムも一緒、会う相手も一緒、なにもかも一緒だと体にやさしいはず。

でも旅行好きもいれば、毎度服を変えている人もいる。食事も外食がいい人もいれば、ホテル住まいが好きな人もいる。さらには、奥さんを何度も変える人だっている。

逆に、緊張や不安、恐怖心などは経験不足と理解不足から起こるはずだから成長に繋がる部分はどんどんトライした方がいいに決まっている。

そう考えると、社会的信用を失わないカテゴリーで、自身の成長と直結するものはバンバン変化にとんで、それ以外は全てルーチン化することこそ一番体に良くて、時間の最短縮により、最速で自己成長に繋がる生活ではないのかと思う。

自身の生活を振り返って考えてみようと思う。

雑談を意識する

先日面会があり、2時間ほどか色々な話に花が咲き盛り上がったが、ひとつ気づいたことがある。

それは、とある会話で趣味の話しになり私自身それほど興味がある話ではなかったが、

①疑問を抱かせて

②あとで答えを言うようないいかたで引き付ける。

③答えが意外で興味深い回答

そして続きがあるのだが、

④他の人にも言える内容

なのだ。

総合的に、飽きが来なかった。

逆に私はというと、曖昧で面白くないただの知識の提供、一生懸命ついていくのが精一杯さが伝わったと思う。

要するに、場繋ぎで、つまらなかった。どの世界でも学者は喜ばれない。

以上を踏まえ読書の選定をするといい準備になると思う。

リッツ・カールトン

一週間以上出張とプライベートを兼ねて主要都市を点々としていますが、リッツ大阪は非常にトラディショナルでそれでいて堅苦しくなく空気を読んでくれます。ものを送る時も送ることができますか?の時点でもちろんです。どちらまで?伝えた瞬間に金額を言ってくれる対応。

もちろん、利用客もいかにもといった雰囲気のご婦人が案内してくれるスタッフの手を握りながら会話を楽しんでいたり、一方通行と言える場所では英語で譲り合ったりと客人も含めてなんとも快適で心地よい空間と時間を提供してくれます。

ゲストの多い時間帯に生演奏していたり、誕生日ではジャズシンガーの黒人が歌って祝福してくれたり、それはそれは日常生活から少し離れた素敵な時間w

明日から珍しく忙しく800kmほど移動です。

数日後一年で一番大事な日を迎えます。

記念日だとかそういうものでなく、ビジネスでの話です。

まぁ、準備不足です。それでも今から詰めて仕上げます。リストアップして今から準備します。

多動力のような

現在少しずつ中小企業診断士の勉強をしているのだが、国家資格となると、それを支える団体がありそこでの情報共有などできるようだ。

少し前に多動力が流行ったが、これに通ずるもので自分の得意分野特に関連性の高いものをいくつも持っていると付加価値が生まれると思う。

当然AIの波は押し寄せてくるに違いなく。既得権益を守るため士業の団体が抵抗するだろうが、IT企業がソフトを開発するのは時間の問題なのは十分承知だ。

逆に、ITに強くなって、士業のソフトを作っていくのも面白いと思う。

流れ

流れとは時流であり、波があるということ。先日までの数ヵ月間仕事での動きが全くなく地固めで生きてきた。

ところが、最近いろんなところに首を突っ込むことが多く、飲みや面会の回数が増えつつあるところで時間を割いて

人は顔をみて話をする

先日数人で面会をしたが、かたや接待先との面会回数の多い隣の社長とまだ数回の私で俗にいう雑談をしていたが、明らかに接待先が話す内容に同じリアクションでも回数の多い隣と楽しそうに話す。好きか嫌いかはとっても大切な判断のひとつだが、見ていると目のあう回数が全く違う。

そして昨日、飲食店に行きマスターと、カウンターごしに私とこれまた別な社長と話をしたが、食にやや精通していた私はマスターと会話が止まらず意気投合。

マスターが話をしている時私と隣の社長は同じうんうん相槌を打っていたが見事に私の方だけみて会話していた。

関係性が弱かったり、利害関係がなかったり、会話が弾まない場合は、目が合わない可能性がある。目の合う回数を意識するとまた違った角度から人を判断できるかもしれない。

ジョギングの意外な効果、食事の意外な効果

ジョギングをしている最中、色々なひらめきがある。しかし、やめると記憶が薄れてしまう。当然走り終わったら書き留めたり、入力するようにしているのだが、それを忘れて食事でもしたら全くもって忘却の彼方へ誘われてしまう。ある種アーティストなどもそうなんだろうか。

しかし食事で満足してしまうから記憶がなくなるのか不明だが、食事すると幸せな分努力を忘れてしまうのではないかと心配になる。そこで食事を少なくして生活することにより自分の思考などに変化を与えるのか実験してみたいと思う。

ところで、常に考えていればふとした瞬間でも答えることができるように常日頃からアンテナを張ってはいるものの、そういう状況が来ないと本気で考えない。練習をきちんと本番さながらでやらない。いややれないのだと思う。

だから強制的にでも頭を使うブログを更新し続けることはとても価値があるが、こんなページをみたいひとは限りなく0に近いだろう。

いずれにせよ、食事量を減らし生活に変化をもたらしてみようと思う。

資格

ローマ字3文字の学校に入った。数十万もしたため流石に後ろは振り返らないこととする。

色々調べた結果、東京に住んでいないため、DVDとスマホ学習のコースにして、株主優待券プラス相談のため近くの学校に顔を出して入学金免除にしてもらう。が、それでも30万を越えた。

30万の時間と価値があるのか考えたが、自分次第なので何がなんでも資格をとった際に、もとはとろうと思う。