社長になる時期は?

結論から行くと、早い方がいい。

当然わからないことが多く失敗はすると思う。また、若いくせにと上からひがまれ足も引っ張られることが非常に多い。面白くないのも無理はない。

しかし、良い面もある。

年上社長は面倒を見てくれることもある。苦労している分同年代社長はすぐに仲良くなれるし、これからの社会人生が長いのに付き合う年数が長くなるため信頼関係が築かれゆくゆくは貴重な仲間になってくれる可能性を秘めている。そして早い方が経験する数が違う。これにつきる。

要するに、経験値に差が開き、さらにはかけがえのない仲間ができる可能性がある。

そして社長という肩書きがあるとどこか、社長ですかそれは凄いですね。というシーンが多々ある。若いうちから社長と言うフレーズすらも味方としてアクセルとなり経験という通過点を誰よりも早く迎えることになり夢を叶えられやすくなる。

社長なんだから

これは、当然私の言葉ではなく最近言われたあるいは感じ取った印象だ。

私自身社長という仕事に誇りは多少持っているが、何より自分が仕事を楽しく進め一番刺激的にできるのが社長だと思ってやっている。

しかし周りの印象は違う。

お金を稼いで、みんなが働いている時間にゆっくり遊んでいる。しかし稼いでいる分社長は神格化され素晴らしいものだと新興宗教のようにすりこまれてはいないか。

会社におけるただのいち役職という認識の人は滅多にいない。そこに責任やリスクを背負っているのだから素晴らしいに違いないとなる気がする。しかしそこは直結しない。

直結に根拠がないからだ。

いつもいうが、全ては印象。そういう印象なのであれば自分がそれ以上の人間にはったりかましてでも見せたほうがスムーズにうまくいく。

話続ける大切さ

名刺交換会や懇親会、新年会、はたまた合コンですらもそうなのだがとてつもなく大切なことを知ってしまった。

それは、表題についてだ。

私はいつも周りの様子を伺いながら相手の話に反応し、何が好きでどんな話か好みを記憶しながら話をしている。

すると当然おとなしい人という印象がついてしまうのだが、人数がけっこういる場合途中から中々大きい声で参加が難しいのだ。

では、どうしたらいいのか。

答えは簡単で、始めっから全力で食い込んでボケまくるのだ。

そうすればこの人は突っ込みもトークも率先してする人なんだという認識になり、少なくとも中盤後半での会話がアウェーでなくホームになっている。

是非自分から、初めに率先して話をしながら周りの反応を見つつ周りの好みに修正していくべきだと思う。

自分の世界

自分の世界は自分で決めるもの。

だから引きこもるのも自分。社交的であればそとに出て楽しむのも自分。社交的ではないが未来を夢見てそとにでるのも自分。

そんな中、ストレスと思っていても未来のために外に飛び込むことについて考えてみた。ノープランで飛び込んだ場合、間違いなくトラウマが待っている。少なくともストレスに感じる何かがあった人間だからだ。

はたまた、話は変わって引きこもる場合。特に経験もできず周りは成長という時間を重ねどんどん開いていく。

では、プランありで飛び込んだ場合は、失敗しようが経験となり次はうまく行く可能性を秘めており、日々豊かな生活と明るい未来が待っているに違いない。

なにもせず恐怖にとらわれ日々のうのうと生活するのもいいが、何かする場合相当数のエネルギーと不安がつきまとう。

そして年のわりに失敗した場合周りの批判と評価でその場も辛い思いをし、未来すらも狭まってしまう。

結局、自分が決め世界を作ると言いつつも、最終的に周りの評価で自分の社会的位置づけは変わってしまうので、自分の世界は周りが決めていると言っても過言ではない。

だから、自分の世界は最終的に自分で決めるが周りの評価と表裏一体なのだ。

真面目について

その一部分をとって話をするが、真面目とはというテーマではなくその事例が真面目だったという事後の気づきを載せたいと思う。

新規の商談をして、兎に角色々な質問をされる。天気からゴルフ、学生時代、場合によって出生についても。以前商談をした時に仕事のモチベーションについて聞かれ、新卒の面接かと思ってしまったことがあるがきちんとベースがあったため真面目に答えた。

すると、真面目ですね。

と、答えが帰ってきた。そう私は真面目なのだ。加えると、真面目で一緒にいてつまらない人間なのだ。

そこから思うところは、話し半分で切り返しを考えたり、落ちのある次の話題を探したり、会話というものは感情で即興で話するのもいいが、何か一笑い起こすぞと清聴をしながら準備をする。

まさに、熊を待つマタギのように落ち着きながらも頭をフル回転しながら忍耐強く準備をしなければいけない。

つまらないのレッテルほどつまらない人生は待っていない。

表裏一体

この言葉は、いろんなところで聞くことができる、非常に耳馴染みのある言葉だ。

最近、商談でうまくいかず日々落ち込んでいたが、よく考えれば日々の生活は本番である商談の予行練習のようなもの。

ゆえに、日々の生活こそ力づよく意識しなければいけない。

商談と日々の生活は表裏一体なのだ。

会話力、返し力、雑談力

色々な本を読み漁り、実際ビジネスで接待、面会、面談、面接、いろいろなシーンで会話は非常に武器になる。

それは、今までさんざん記載してきた内容だ。過去を掘り下げると、プライベートでも考える、会話力がある方とよくのむなどだが、最近非常にレベルアップしたなとおもい、その過程を考えてみた。

結論。やはり、リスクを省みず会話すること。座もちを意識して、とにかく、つまらないことも、あたりまえのことも、話し続けて会話の流れを常に自分に持っておくこと。

そうすれば、経験から余裕が生まれて、ボケなども自然と出てくる。自分全力で楽しみながら会話を続けていれば間違いないと思う。

是非、会話の流れをつかみ続けてほしい。必ずレベルアップする。

嘘はついてなんぼなのか。

いままで、嘘はついたことがほとんどない。

なぜか、それは自分と他人のために。なんて言えればいいのだが、そうではなく嘘をつくとすぐばれるし、後でつじつまが会わなくなって身を苦しめるからだ。

しかし、最近特にいまの立場になってからそういうシーンは売るほど経験しているし、しかしながら嘘は極力つかずにまっこうから勝負してきた。

そのお陰か二つ言えることがある。

ひとつ目は、誠実さが買われて、嘘をつかない人たちが寄ってきて私を助けてくれる。特に年上。

二つ目は、嘘をつかないから、分かりやすくて騙す人たちが寄ってきて騙そうと大人の攻め方をしてくる。

どちらも私の成長には必要なのかも知れない。

視点を変えて、どこまでがうそ?という感情が出てくるかもしれい。

嘘といっても、人によって解釈が違うし、ビジネスにおけるうそなんて社交辞令も含めると大半占めるかもしれない。

ビジネス上だと、

ギリギリそういっていないが匂わせて、そう思わせる事は多々ある。そのうちあれしようと思っているんだ。とか、がそれだ。

しかし、それは思っているのはとうの本人でありうそではない。私が言いたい嘘は真っ赤なうそ。

それが、必要だと感じ始めてきた。理想は先ほどの例だが、そうもいかないときもある。

ところで、なぜそう思い始めたのかというと私の子供がだだこねて全くいうことを聞かない。

そうすると、簡単なうそを最近つくようになった。真っ向からぶち当たっても相手は子供。思考が違いすぎる。

それをビジネスでも当てはめることができるんじゃないかなと。

相手をコントロールするのが容易な方法だと思う。しかし相手は大人。すると、うそがばれたときに失う信頼は何よりも怖い。

だからやっぱり思わせるちからが必要なのかもしれない。抑止力ではないが、無血開城のようなことができるビジネスマンがいいのだと思う。

色々なシーンで方法が違うと思うがどの場面でも対応できる力を養う必要があると思う。