自分の世界は自分で決めるもの。
だから引きこもるのも自分。社交的であればそとに出て楽しむのも自分。社交的ではないが未来を夢見てそとにでるのも自分。
そんな中、ストレスと思っていても未来のために外に飛び込むことについて考えてみた。ノープランで飛び込んだ場合、間違いなくトラウマが待っている。少なくともストレスに感じる何かがあった人間だからだ。
はたまた、話は変わって引きこもる場合。特に経験もできず周りは成長という時間を重ねどんどん開いていく。
では、プランありで飛び込んだ場合は、失敗しようが経験となり次はうまく行く可能性を秘めており、日々豊かな生活と明るい未来が待っているに違いない。
なにもせず恐怖にとらわれ日々のうのうと生活するのもいいが、何かする場合相当数のエネルギーと不安がつきまとう。
そして年のわりに失敗した場合周りの批判と評価でその場も辛い思いをし、未来すらも狭まってしまう。
結局、自分が決め世界を作ると言いつつも、最終的に周りの評価で自分の社会的位置づけは変わってしまうので、自分の世界は周りが決めていると言っても過言ではない。
だから、自分の世界は最終的に自分で決めるが周りの評価と表裏一体なのだ。