昨日、近くにいたので全く知らず興味もない葛飾北斎の美術館に足を運んだ。
そもそも葛飾区でなく墨田区出身らしい。北斎通り沿いにあるのだが、北斎は当時何度もその近くを転居していた。らしい。
世界からビッグウェーブと評されるが、私は邦画から今一つ感じるものが少ない。大きいくくりで感性が同じためかもしれない。
とはいえ世界的な名画が、今回レプリカでなく本物があるらしく館内へ。
非常に、有名な波と富士山の絵は72歳位の作品らしい。それまでは、怪談や中国の物語などの漫画の挿し絵を書き生計をたてていたらしい。挿し絵は今のA5位のサイズで、一色しか使えないなど制限と難しさがあったらしく、そこでダイナミックさを表現するには非常に技術が必要なんだそうだ。
つまりあの有名な波の技法は、厳しい仕事の中で絵師として選ばれるためあみだした技法ということになる。
少なくとも、名声を残している人は結果的にでも努力をしており、逆に言うと努力せずに名声は残せないわけだ。ところで、名声という表現にしたのは、晩年汚いごみだらけの部屋で自分の60位の娘ととても裕福ではない生活を送ったらしいので成功とは言えない気がしたからだ。
努力しても、報われない人がいるなかで、それは努力の仕方が違うのか、時代がついてきてないのか、努力が足りないのか、色々な理由があるにせよ、全ては自分のものになる。
最近読んだ書物にいいことが書いてあった。
人生とは、思い出づくり。
私もそう思うが、その後に続いていた言葉がある。そう思っている人は、どんな苦難も、失敗も、ネガティブなことも、楽しむことが出きる。すべては思い出づくりだから。と。
本来結果がすべてではあるが、結果に囚われない視点が素晴らしく短期的ではなく言うなれば究極の長期的視点かもしれない。